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【MARVEL】シビルウォー/キャプテン・アメリカ、ヒーローとして正しいのはどちらか?

MARVEL作品、面白いですよね。

そのなかでもシビルウォー/キャプテン・アメリカはかなりお気に入りの作品です。

今作で対立してしまうアイアンマンことトニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr)と、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース(クリス・エヴァンス)。

ふたりのヒーローの主張は、一体どちらが正しいのか?というテーマについて、私個人の意見を交えつつ解説したいと思います。

シビルウォー/キャプテン・アメリカの解説

今回は、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーに続く、前段となるストーリーです。

これまでのシリーズでは、人類の驚異となる強敵に対し、シールドを中心として結集したアベンジャーズが一丸となって敵に挑み、人類を救ってきました。

ただ、その戦いの裏では罪なき多くの人々が戦火の犠牲となり、命を落としています。

その現状について、異なる考えを持つロジャース(キャプテン・アメリカ)とトニー・スターク(アイアンマン)の対立をテーマとしたのが今作『シビルウォー/キャプテン・アメリカ』です。

今作ではキャプテン・アメリカ以外にも多くのヒーローが登場し、惜しげもなく華麗なアクションを披露し、スクリーンをわかせます。
スパイダーマンやアントマンが参戦するなど、ファンを喜ばせる要素もしっかり押さえています。

ですが、ちヒーローもそもそもヒーローである前に一人の人間であることに気づかされます。

MARVEL作品の魅力である派手なアクション、ヒーローたちを取り巻く環境とそれぞれの考え方がぶつかり合うヒューマンドラマを、たったの2時間38分という尺にギュッギュと押し込んで表現したエスプレッソのような超濃い味で硬派でビターな作品です。

はっきり言って、これまでのMARVELシリーズのなかでは過去最高に見ごたえのある超名作でした。

ヒーローとはなんなのか?

率直な感想としては、まあ、、なんというかやるせないというか、同じく世界の平和を願う仲間であるヒーローたちが、己の価値観、ヒーローとしてのポリシーをかけて死闘を繰り広げることが辛くてたまりませんでした。

なによりそのなかにはヒーローとしてではなく、いち個人としてのエゴも含まれています。

キャプテン・アメリカもアイアンマンも、ヒーローとしてのポリシーとしてはどちらも正しいあり方のように思えます。

ただ、その言い分には世界のためではなく、ヒーローとしてではなく、ひとりの人間としての想い、感情が含まれているのです。

戦いのなかで犠牲になる人々がいることの罪の意識に苛まれる一方で、戦いに身を投じることで恋人であるペッパー・ポッツとの不和を解消したいトニー。

犠牲が出ているという事実を認め、責任は負いつつも、ヒーローとしての責務を全うすることを優先したいと考えるその一方で、ヒーローとしてではなくひとりの人間、親友としての私念で、罪のない人々を蹴散らしながらもバッキー(ウインターソルジャー)を守るスティーブの姿は、なんとも自分勝手に映るものです。

言い分以前に私情を持ち込んでいるがゆえに、争う両者のどちらが必ずしも正しいわけでもありません。

最後のアイアンマンとキャプテンの激闘は、抱えている葛藤や気持ちも見て取れるので、見ている側には心を締め付けられるような辛い気持ちになるんですよね。

私が思うヒーロー観

個人的には、ヒーローとしての姿勢としてはキャプテン・アメリカの言い分を支持しています。

戦いのさなかで罪のない人々が犠牲になっていて、それが許されることではないのは確かです。

私としても自分の妻や子供が巻き込まれたら、当然アベンジャーズを恨むでしょう。

でもヒーローって、『一人でも多くの人を救うこと』が本質なんだと思うんです。

この矛盾した存在こそがヒーローなのではないかと。

感謝される一方で、恨まれることもある。

1人の命を救うよりも、多くの命を救うことを優先する。

本質を考えていくと、結局は犠牲者を最小限にして悪をうち、一人でも多くの人を救う。

その中で救えなかった人々の存在にも目を向け、罪を背負って生きていく。

これがヒーローのあるべき姿なんじゃないかと思うんですよね。

その観点ではキャプテン・アメリカの言い分は正しいのですが、いち個人としての彼はヒーロー失格です。

彼がウインターソルジャーことバッキー・バーンズを親友として助けたことは、ヒーローとしては公私混同であるといえます。

バッキーはまたいつヒドラに洗脳されて罪なき人々を犠牲にするか、わからない存在です。

当然、ヒーローとしては拘束して隔離するか、殺すかという選択になるのが妥当な対応です。

けれども彼は、操られているだけで無実である親友を守りたい!という個人的な感情で、警察やアベンジャーズの仲間をボコボコにし、挙げ句の果てにはローズ大佐(ウォーマシン)に後遺症をともなう重症を負わせてしまうのです。

ワンダ(スカーレットウィッチ)を開放してしまったのも、人類にとっては褒められた行動ではありません。

ウインターソルジャーに両親を殺されたトニーの気持ちも考えず、親友を守ることだけを優先した(しかもアイアンマンをボコボコにした)のも、ヒーローとしては最低の行為です。

これでは、『人の大切な存在が戦いで失われるのはやむを得ないが、自分の大切な人はひいきする』と捉えられても仕方がないわけです。
どう捉えてもひいきしてるんですけど…。

アイアンマンもキャプテン・アメリカも、ヒーローとしては未熟だった

スティーブはむかしから頭が固くて非を認めない、リーダーシップはあるけどもイマイチ協調性にかけているワンマン社長のような部分があると思っていましたが、今作品では彼の人間としての未熟な部分が惜しげもなく表現されていたように思います。

結論、トニーはヒーローとしての覚悟が足りないし、スティーブは自分勝手な考えの持ち主です。

どちらも間違っていて、どちらもヒーロー失格なのです。

結局のところ、身体は超人でも『心はふつうの人間だ』ということ。

力を持つにふさわしくない心を持つ彼等がその力を振るえば、それはただのエゴであり、人類の脅威と言わざるをえません。

皮肉にも、ソコヴィア協定を持ちかけた国連は正しいとも思えてしまいます。

今作品における内乱は、ソコヴィア協定はキッカケにすぎず、結局のところはトニーとスティーブの個人的な喧嘩といえなくもありません。

トニーの両親を殺したのは洗脳されたバッキーだったという事実を突きつけられたときも、トニーは怒りの感情に任せてヒーローとしての力を己が私念を晴らすためにつかってしまいました。

今回の黒幕であるジモに父親を殺されたティ・チャラ(ブラックパンサー)は、ジモを殺すのではなく、正しいかたちで然るべき裁きを受けさせるために、生かしたまま司法へ引き渡しました。

怒りに身を任せて報復をしようとしたトニーと対象的に描かれており、ブラックパンサーのあり方はヒーローのそれであると言えます。

今回初出が、今作ではもっともヒーローとしてふさわしいというのも皮肉な話です。

シビルウォー/キャプテン・アメリカでは、ストーリーのなかでお互いに自分の過ちを認めるかたちで終わっていますが、この作品を通じてふたりがヒーローとはなんぞや?を考え、成長する話なのかなと。

すべてが終わったあと、彼らがどのように成長したのかは今作では描かれていませんが、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーとアベンジャー/エンドゲームで、成長した彼らの生き様を描いてくれたのではないかと思います。

ソーのハンマーを持ち上げることができなかったヒーローたち

ムジョルニアを持ち上げられることができないキャプテン・アメリカ

アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロンにて、ソーが持つハンマー『ムジョルニア』を持ち上げられるかどうかを試すシーンがありました。

結局、アベンジャーズのメンバーは誰一人としてハンマーを持ち上げることはできませんでした。

※キャプテンだけは、ちょっと動いちゃったのでソーが焦ってましたね!

しかし、物語終盤で登場したヴィジョンは、ムジョルニアを軽々と持ち上げていました。

あのハンマーは、ソーだけが持ち上げられるというわけではないことがわかります。

持つにふさわしいものだけが持ち上げられる、つまりヒーローとしてふさわしいか否かを試されていたシーンだったのではないかと思うのです。

ムジョルニアは、マイティ・ソーを見ればわかるとおり、傲慢な者にはぜったいに持ち上げられることができないハンマーです。

ソー自身、戦いですべてを解決しようとして全面戦争に突入し、アスガルドを危険に晒したことでムジョルニアを振るう資格を失いました。

犠牲者を出そうが、敵を潰せばオッケーやで!という感情はエゴであり、ヒーローとは呼べないってことなんですよね。

作中ではファンサービス的なシーンとして表現されていましたが、重要な伏線だったのではないかと。

→結論から言うと、かなり重要な伏線でした。アベンジャーズ/エンドゲームを見ればわかります。

改めて言いますが、結論としては『ヒーローとしてはどちらも間違っている』が、僕の所感でした。

ムジョルニアがそれを証明しているし、ムジョルニアだけはヒーローたちの人間としての未熟さを見抜いていたのかもしれません。

なるほど、と思ってくれた方はぜひシビルウォー/キャプテン・アメリカを改めて見返してみてほしいと思います。

キャプテン・アメリカの物語は、アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー、アベンジャーズ/エンドゲームに続きます。

アベンジャーズのBlu-rayを安く買うには?

お気に入りの作品はコレクションしておきたい!というアナタにオススメ!

MARVEL作品は基本的にはMovieNEXというBlu-rayにDVD版や特別映像、デジタルコピー(スマホやタブレットでストリーミング配信を受ける権利)がひとつになったパッケージしか販売されていません。

人によってはいらないものがごちゃごちゃついた上に値段も上がり、1本あたり4,000円以上してしまいます。

MARVEL作品のファンとしては、

『いつでも見たいときに見たい!』

という思いがありますが、一般的なBlu-rayよりも値段が高いのがネックです。

そこで、MARVEL作品のBlu-rayを少しでも安く買う方法があります。

それは、セット販売をねらうことです!

アベンジャーズ/インフィニティ・ウォーは、単品だけでは作品として完結しません。アベンジャーズ/エンドゲームと併せて一つの作品なのです。

インフィニティ・ウォーを見ると、続きが気になってエンドゲームを結局購入するはめになります。

ですので、ひと作品づつ買うよりも、セットでの購入が断然オススメです!

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ケイスケ
フリーランスのシステムエンジニアですが、面白そうな仕事はなんでもやってます。 趣味は料理、食べ歩き、ブログ、ロードバイク、アクアリスト、カメラ、アウトドア、渓流釣りなど。 クックパッドもやってます。