考え方

僕が30年かけて見つけた幸せの秘訣、それは『自分の幸せは、自分で決める』こと。

思えば昔から哲学的な子供でした。

幸せってなんだろう?っていうのがずっと気になっていて、何か答えを出さないと気が済まない自分がいました。

僕は何のために生まれてきたのだろうか?

寿命って必要なんだろうか?

僕の存在意義はなんだろうか?

ひょっとしたら理由なんかなくて、ただ単に誰かが観察して楽しむためだろうなぁ。

ご認識のとおり、ちょっとヒネくれた子供だったのです。

そして30歳を目前にした頃、幸せとはなにか?という幼き頃からの問いに対し、ひとつの答えが見つかりました。

それは『自分の幸せは、自分で決める』ということでした。

幸せとは与えられるものではなく、決められたものではなく、自分で決めるものだということです。

何のために生きるのかも自分が決めることだし、答えなんかどこにもなくて、生きがいを与えられるのを待ってたらいかんということです。

幸せの定義って、自分で決めて良いんじゃない?

幸せって自分が決めて良いんですよ。なにが幸せかは人によって違うのだから。

身近なとこでいくと恋愛なんてのは特にそうじゃないですか。橋本環奈みたいな美少女しか愛せない人もいれば、片桐はいりに欲情する人もいる、みたいな…。

身近に実りのない恋に溺れる人とか、相手に弄ばれている人いますよね。ダメな男に尽くしている人とかさ。

「絶対やめた方がいいよ、別れなよ。」と相手のためを思ってアドバイスしたことありませんか?

その時は『そうだよね』とか答えるのですが、結局なにも変わらなかったということがほとんどじゃないかと思います。

これは仕方ないんですよ。あなたの言うことを聞かない理由はシンプルです。

幸せの形があなたと違うからです。

あなたは【この人にはもっと良い人がいる】と感じている、だから別れた方が良いと思う。

でも相手にとっては、今が幸せなんです。

誰でもいいから必要とされたいとか、仕事が辛くて忘れるために、疑似恋愛でもいいから愛したい、愛されたいとか、本人にしかわからないさまざまな理由があります。

事情がどうあれ今が幸せ。あなたのアドバイスなんて『お前になにがわかるんだよ、うるさいな、ほっといてくれ』と思っているはずです。

なにが幸せかは人それぞれです。友達の彼氏彼女がカスみたいな人でもほっといてやってください。

そもそも人という生き物は『一般的な幸せ』という価値観に洗脳されているのです。

一般的な幸せとは?

一般的な幸せの例

  • 高学歴の大学に合格する
  • イケメン、美女と付き合う
  • 結婚する
  • 子宝に恵まれる
  • 大企業に就職する
  • 家を買う
  • 出世する
  • 財を成す
  • 玉の輿に乗る

などなど…。

上であげたようなものが幸せであると勘違いしていませんか?

これらは一般的に【幸せ】だということになっている条件なんですが、全員に当てはまる幸せとは限りません。

だから押し付けることはできないんです。

「私は仕事が好きだから、子供は作らない。」→別にいいじゃないですか。

「正社員になりたくないから、アルバイトで生きていく。」→別にいいじゃないですか。

「出世やお金を稼ぐことに興味はないんだ。それよりも家族と過ごす時間が欲しいよ。」→別にいいじゃないですか。

「みんな反対するけど、あの人が好きなんだ。別れたくないんだ。」→別にいいじゃないですか。

僕は他人に興味がないのではなく、人それぞれ幸せの定義が違うことを知っているから口出ししないんです。

僕は人の感情の多様性を認めているんですよ。

僕はむしろ人目を気にせず一般的な幸せに反して自分の幸せを追求して生きている人の方が好きです。

自分の幸せの定義は自分で決めていい。他人の理解なんか求めなくていいし、理解されなくてもいい。

自分の幸せは、自分でしか決めることができないのだから。

他人に幸せにしてもらうのを待っている人は絶対に幸せになれない

他人に幸せを委ねる人がいます。

  • 幸せにしてくれそうな結婚相手を探す人。
  • 親のお金に頼る人。
  • 人に相談をして自分の進む道を決める人。

僕の考え方では、自分で幸せを決めずに、他人に幸せにしてもらうことを望む人は絶対に幸せになれないです。

人が決めた幸せで、自分が幸せになれることはそうそうあり得ません。

他人から与えられる幸せは、先ほど紹介したような『一般的な幸せ』に過ぎません。

一般的な幸せというものは、一時的には嬉しくてもすぐに飽きてしまってその有りがたみがなくなります。

所詮は『一般的な幸せ』であって、あなたにとっての『本当の幸せ』ではないからです。

それを理解していないと、「幸せなはずだったのに、全然幸せだと感じない」という結果になります。

人間は面白いもので、そうなると『一般的な幸せ』をより追求するようになるんですよね。こうなったら泥沼です。

たとえばお金。

お金を使った量で幸福度が変わるわけではありませんし、満足行かなくなればもっとお金を使うだけです。

お金はいくらあっても幸せにはなれない。お金は幸せになるための手段ではあるけれども、お金そのものが人を幸せにすることはないと思います。(不幸にはしますけどね)

これがエスカレートするから浪費グセになるんです。

これらのことから、やっぱり自分にとって何が幸せかを決めて行動することは大事だと思います。

人の幸せが自分の幸せと言っている人は絶対に幸せになれない

「自己犠牲こそが自分の幸せ、喜んでもらえることが一番嬉しい。」という偽善者がいます。

反吐が出ますね。かくいう僕も以前はその中の一人でした。

人に尽くすことで、相手からも大事にされて幸福の連鎖が起こるという考え方です。

これは本当に脳みそがお花畑な考え方で、そんなもの有りえません。

求めてないのに勝手にギブしてテイクを求めるとか、鬱陶しくないですか?

誰かに何かをしてあげることで好かれようとか思ってるならそれは筋違いです。相手からすれば「ラッキー!」くらいのものです。恩なんてみじんも感じないし、すぐに忘れられます。

いつか付き合うメリットがなくなったら、相手の方から消えて行くだけです。

偽善行為が本当に自分にとって幸せな行為で、自己満足で済めばそれはいいのですが、こういう偽善者は大抵見返りを求めていないと言いつつ求めます。

物や金ならまだいいんですよ、『気持ち』を求めてくるからめんどくさい。気持ちなんてものは作ることはできませんから、返せるわけがありません。

童話の「幸福な王子」という話がありますが、あんなことは現実では起こり得ないことです。子供には絶対に読ませないほうがいい有害図書です。他人に自己犠牲をして尽くすことが幸せなのだと勘違いする子に育ちます。

そして僕は、このタイプの人間が一番嫌いです。真っ先に縁を切ります。そして幸せとは最も縁遠い人間だと思っています。

他人に何かをすることで見返りを求める人間はウザいだけなんです。

ですが、救いようがないこういう人間でも、幸せになる方法がひとつだけあります。

自分が幸せにならないと人を幸せにできないことに気づいた

それは、自分がまず幸せになることです。

僕の経験上、ポジティブな人にはポジティブな人が集まり、ネガティブな人にはネガティブな人が集まってきます。

同様に、不幸な人には不幸な人がよって来るし、幸せな人には幸せな人が寄ってきます。

要するに、同じような人が寄って来るのです。共有できる価値感がなければ、人と人は分かりあうことはできません。

例えば身近な例。

金も地位もない女性が玉の輿を目指して婚活しても、おそらく結果は振るわないでしょう。玉の輿に乗るなら自分も金持ちになったほうが早いです。また社長と結婚したいということであれば、自分も社長になったほうが早いです。

社長の悩みは社長にしかわからない。金持ちの発想は金持ちにしかわからない。

立場が違う人と話すことなんてないですよね。

価値観を共有できないもの同士が仲良くすることは不可能です。

最近友達と会話が盛り上がらなくなったと感じたら、相手か自分の幸福レベルが変わったんだと考えるべきです。そういう場合、縁をきることも必要です。

自分から幸せになろうと努力しなれば、幸せな人に囲まれて生きることはできない。つまり、一生幸せにはなれません。

これは私の経験ですが、幸せになろうと努力していると、同じような人に巡り会うことができます。

私の場合、その相手が今の妻です。僕は今とても幸せだし、妻も幸せだといいます。子宝にも恵まれました。

幸せは連鎖するし、笑顔は連鎖します。

ちなみにプロポーズの言葉はというと、「僕が幸せになるために貴方が必要。だから、結婚してください。」でした。

この言葉の真意がわからない人と、僕は絶対に結婚できないでしょう。

だから僕は、『自分の幸せは、自分で決める』んだ。

「自分が幸せになれば良いと簡単にいうが、具体的にどうすればいいの?」と思うかもしれません。

答えはとってもシンプルです。

この記事のタイトルの通り、『自分の幸せは、自分で決める』ということです。

『一般的な幸せ』に縛られず、自分にとって本当に幸せだと思うことをすればいいのです。

幸せにお金が必要ないのなら無理に稼ぐ必要はありませんし、結婚願望がないのなら結婚しなくてもいいのです。

決して他人にとっての幸せが、自分の幸せではありません。あなたのやることに対して他人から口出しをされたとしても耳を傾ける必要はありません。

自分が幸せならそれで良いのです。

自分の幸せを自分で決めることができるようになると、視界がとてもクリアになります。自分の決定に自信を持つことができるようになります。

そして、人間の多様性を認めつつも、自分に合う人間だけと付き合うことに抵抗がなくなります。

そうすることで、もっと幸せな自分になれます。

僕は『自分の幸せは、自分で決める』と決めてフリーランスとして独立し、恋愛結婚もして自分の顔にそっくりな子供にも恵まれました。

これは全て、僕にとっての幸せです。全て僕が決めて、僕が勝ち取った幸せです。

この記事で書いていることは、全て僕自身が経験したことから生み出された結論です。幸せとは何か?を探求し、人に裏切られ、人に利用され、人に依存され、一通りひどい目にあった末の答えです。

だから是非、今日からあなたも『一般的な幸せ』という思い込みを捨てて、自分の幸せは、自分で決めてみてください。

それができた時、あなたにも明るい未来が待っているはずです。

ABOUT ME
ケイスケ
フリーランスのシステムエンジニアですが、面白そうな仕事はなんでもやってます。 趣味は料理、食べ歩き、ブログ、ロードバイク、アクアリスト、カメラ、アウトドア、渓流釣りなど。 クックパッドもやってます。