考え方

カッコいい大人になりたいのならば、品格、教養、礼節を身に付けよ。

「みためは大人、頭脳は子供」

そういう人、周りにいませんか?

具体的には、「良い歳こいて、なにやってんの?」という行動をしている人のことです。

僕は、そのような大人が世の中にはたくさんいると感じています。

品格を欠いた大人たち

10月31日、仕事が終わって家に帰り、ニュースを見ていましたら、ハロウィンで渋谷がおお騒ぎになっている映像が流れていました。

アリのように無数の人々がハチ公前に集まり、思い思いの仮装をして、渋谷という公共の場で大声をあげ、酒を飲む人々。

ポイ捨てされたゴミの山がテレビに映し出されます。

まるで日本とは思えない映像です。

セーラーサターン?のコスプレをした30代後半くらいの良い歳のころのおじさんがインタビューをされていました。幼い子供がいても不思議じゃない年です。

テレビの取材に対し、彼はこんなコメントをしていました。

「目立つかなぁと思って、本日は渋谷に来ました。恥ずかしいですけど…。」

といいながらも、セーラー服を着てまあずいぶんとご満悦な様子でした。

また、OLくらいの年齢の女性は、

「こんな格好で出歩ける日なんてハロウィンしかないので、楽しんでいます~」

と笑顔でコメントをしていました。

なんだろう、もう失笑です。

大人の品格はおろか、知性すら感じさせないコメントに心底がっかりしました。

このセーラーのおじさんは、良い歳こいた大人がセーラー服をきて渋谷に行き、目立ちたいと思ったのはなぜなのでしょうか。

また、この仮装したOLはハロウィンの日なら公共の場をふざけた格好で歩いて良いと思ったのは何故なのでしょうか。そもそも誰が許可したのでしょうか。

「楽しんでいるのだから良いじゃないか」

「年寄りみたいなことをいうな」

「水を差すな」

という声が聞こえてきそうですが、僕に言わせれば、それを言って良いのは小学生まで。

大人というものは、自分が楽しみたいがために人に迷惑をかけるのはよくないということを知っているはずですし、楽しんでいるのだから水を差すな、というのはゲームは1時間までと親に言われて拗ねている8歳くらいの子供と同レベルです。

全国ネットでバカな格好している自分が浮かれたコメントを発している様子が放映された日には、健常な大人であれば、職場の人や親に見られたらどうしよう…とか、そういうことを考えて、恥ずかしくておもても歩けなくなるものではないでしょうか。

このコメントに答えた2人が結婚して子供を育てたら、どんな子供が育つのか知的好奇心として見てみたいとすら思えます。

この様子をみた渋谷で酒店を営むお年寄りは「最近の若い人はなにをするかわからないからこわい」というコメントをしていましたが、若いかどうかなんて関係ありません。お年寄りも負けていませんよ。

最近こんな酷い体験をしました。

僕は先日、赤坂にあるエクセルホテル東急のランチビュッフェに行きました。

90分、2500円という価格で、子供には敷居の高い価格帯です。まぁ大人としても、ランチに2500円はちょっぴりリッチな気分になるものだとおもいます。

楽しみに来ていたお客さんも多かったでしょう。

僕はこのビュッフェで、おそるべき行動を目にしました。

こちらのビュッフェは時間毎の全入れ替え制になっているので、1部が終わった後で料理を補充して綺麗にし、2部のお客が入りきってからオープンというかたちをとっています。

皆が席につき、スタッフからビュッフェ開始のあいさつが終わるなり飛び出したのは50~60代のおばさんの集団です。

このビュッフェのめだまとして、ローストビーフがあります。

おおきな塊のお肉をシェフが切り分け、そのお皿を持っていくというスタイルなのですが、一人のおばさんが列を無視してその先頭に横からわりこむなり、どんどんお皿を奪い取ってバケツリレーの要領で並んでいない後ろの連れに渡していくのです。

大声で連れの名前を順番に呼びながら、真っ当に並んでいる人の列の横からお皿を奪っていくのです。

さらには受け取ったローストビーフにソースがかかってないことに気づき、我先にとソースをかけようとした結果、いくつかあったソースが溢れ、混ざり合ってしまいました。これは全てビュッフェ開始1分の出来事です。

僕は隙をついて自分のぶんのローストビーフのお皿をとったのですが、その時にいったおばさんのセリフがまたすごい。

「あ~あ、取られちゃったわぁ」

立派に子育ても終えたであろう良い歳こいたおばさん(しかも集団)の自分勝手な態度と発言に思わず怒りがこみ上げました。

おもわず説教してやろうかと悩みましたが、お店に迷惑がかかりますし公共の場で怒鳴ることもできないのでその場は無視することにしました。

ランチに2500円も出せる余裕のある年長者ですら、この調子です。若い人がうんぬんと言いますが、しょうじき年は関係ないのです。

むしろ年長者の方が、モラルのなさが際立つ分、若い人より酷いと感じるのです。

そもそもハロウィンで騒いでいる若者を育てたのは、ビュッフェでローストビーフを横取りするあなた方の世代だということを忘れてはいけません。

ハロウィンのニュースを見ている時にこのことを思い出し、「ああいう母親に育てられた子供なら、ハロウィンに渋谷で他人に迷惑をかけ、失笑されていることに気づかずヘラヘラしていてもおかしくないなぁ」と納得しました。

年を取るだけでは大人にはなれない

これらの登場人物たちに共通していることが3つあります。

ひとつ目は、自制が効かないこと。

ふたつ目は、自分が楽しむためなら他人が不愉快な思いをしても構わない(気にならない)という態度や思想。

みっつ目は、大人の品格が備わっていないことです。

20年以上年齢を重ねたこれらの人々がこのような行動をとってしまうのは、精神は子供のままで止まったまま、年齢だけを重ねてしまったからです。

歳だけをとり、社会にでてお金を得、親と離れて暮らし始めて自分を律する人がいなくなったことにより、「自由とお金を手に入れた、精神が未熟な大きな子供」が完成したのです。

大人というものは、年月を積み重ねればなれるものではありません。大人になるためには、品格、教養、そして礼節というものが必要不可欠です。

大人の品格

大人の集まる場には、とうぜんのようにそれに相応しい大人の品格が求められます。

まあドレスコードのようなもの、だと理解していだだければ大丈夫です。

品格を備えた大人とは、常識やルールを理解し、自分を律することができる人を指します。

大人の品格を持った人だけが集まるからこそ、秩序が保たれ、大人が気持ちよく楽しめる場が作られるのです。

子供には大人の品格はありませんから、市民プールで騒いだりルールを無視したりして、監視員に注意されたりするのは仕方がないでしょう。

ですが、大人が同じことをやっていてはいけません。

わかりやすいところでいうと、お酒との付き合い方に大人の品格は現れます。

騒がしいチェーンの居酒屋で飲むお酒と、静かなお店で飲むお酒は全く違うお酒です。

品格のある大人は、お酒で自分が制御できなくなるということはありません。

電車でフラフラと酔いつぶれて寝たり、吐いたり、そんなことはあり得ません。

お酒が美味しいお店には、大人の品格を持った人だけが訪れます。そんな秩序のある空間で飲む酒だからこそ、美味いのです。

ドレスコードのようにわざわざ指定されなくても、空気を読んでその場にあった服装や行動をとることができるのが大人です。

大人はドレスコードがなくても、ドレスコードを守るのです。

大人の教養

次に、教養とは、義務教育や良い大学を出ても勝手に身につくものではありません。

私のように個人事業主をやっていると、サラリーマンとして働く方から「個人事業主は経費がきれて羨ましいね」とよく言われます。

僕は決まって「サラリーマンには給与所得控除があるのだから、個人事業主よりも優遇されているとおもいますよ」と答えるのですが、驚くべきことにそのような控除の仕組みがあることはおろか、控除の意味すら知らない大人が多いのです。

教養とは、大人が社会で活動する上で、知っているべき知識を含んだありとあらゆる知識欲を指します。

義務教育で習ったことだけでは、大人の社会を生き抜くことはできません。

保険に入るなら保険の知識、働くのであれば税金の知識、老後が心配なら年金の知識、経済活動を行うのなら日々のニュースを正しく理解する知識が必要なのです。

義務教育では教わらない、たくさんの知識が求められるのが大人の社会です。

オススメされるがままに保険に入り、勝手に源泉徴収されて額面が少ないと怒り、口コミを見て商品の良し悪しを決める。

自分の目で吟味して要不要、良し悪しを判断するちからや、質の良いもの悪いものを見分けるためには知識と教養が欠かせません。

教養のない人は、人からの噂話や他人の意見、流行りものが大好きなのです。

大人の礼節

最後に、礼節です。

礼節とは、他人に対して敬意を持って接する態度のことです。

礼節を持った大人は、人を見下したり陰口を叩いたりはしませんし、年上でも年下でも年齢に関係なく敬意を持って接することができます。

謙虚な態度というものも、ここに含まれます。

例えば、出産祝いの内祝いに、御礼を返すことはただの礼儀であって、礼節の一部分に過ぎません。

礼節とは、節度を持って人と関わり、他人に敬意を払って接することです。

大人は、陰口も叩かず他人を認め、謙虚に学ぶ姿勢を持っています。

さいごに

今こうして朝の通勤電車に乗ってブログを書いているあいだにも、30後半くらいのスーツを着たサラリーマンがニンテンドースイッチで遊んでいます。

迷惑こそかけていませんが、他人からは幼稚に見えていることが気にならないわけです。大人としての品格がないのです。

20歳になったからといって、大人になれるわけではありません。毎年の成人式の様子をニュースで見ればわかることです。

迷惑をかけないことは大人として当然の心がけですが、迷惑をかけていないにしても自分が大人として相応しい行動を取れているのか?ということを意識していない限り、人は大人になれないし成長できません。

成長することをやめた人々に言っても仕方ありませんけどね…。

僕にも子供が生まれ、親になって思うことですが、子供は親に反発をしながらも、なんだかんだ親の背中を見て育つのです。子供は親の行動の良し悪しを判断できませんから、親がやっていることは自分もやっていいことだと学ぶのです。

子供から、自分が大人として認められ、尊敬されているかを意識して日々を過ごすことがいっぱしの大人ぶって偉そうに小言をいうよりも、何よりいちばん効果のある教育ではないでしょうか。

子供が子供を育てれば、子供が大人になれるはずがありません。

ちゃんとトイレで用を足せるのが大人ではなく、トイレを綺麗に使い、しっかり手を洗い、ハンカチは持ち歩くのが大人です。

大人の品格を持ち合わせていれば、企業の面接で服装に悩むこともありません。

私が尊敬する小池一夫さんの著書「人生の結論」にこんなことが書いてありました。本書にある無数の気づきの中で、いちばん心に残った言葉です。

『自分が年をとってわかったことは、人は年を重ねて何かを学び格好よい老人になるのではなく、格好よい老人は若い時から格好よかったということです。』

言いたいことは、この言葉にすべてが凝縮されています。

年をとっても中身が子供の老人が敬われるわけがありませんね。

人間のレベルは早く生まれたかどうかではなく、何をしてきたかで決まると思います。

公共の場でアホなコスプレした格好を全国に晒して賞賛を得られると思っている頭のゆるい人にかける言葉はありませんが、もし大人として尊敬される自分でありたいと少しでも思う人は、小池一夫さんの「人生の結論」是非読んでみてください。

ABOUT ME
ケイスケ
1985年名古屋出身。東京のIT企業で8年勤務後、フリーランスとして独立。エンジニアのお仕事とブログで生活しています。『賢く生きる、楽しく生きる』をテーマに、ライフハックに関する情報を配信しています。
《趣味》食べ歩き、音楽、ロードバイク、アウトドア
《特技》料理、占い
《興味》資産運用、投資
《技能》ITスキル、ブログ運営、FP
《最近のライフイベント》2017年結婚、2018年娘が誕生